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コラム No.1

Tシャツの歴史とは?発祥から現在までを解説

プリントTシャツは、普段着としてはもちろん、時代ごとの流行を象徴する文化として愛され、いまやさまざまなジャンルに定着しています。しかし、Tシャツが普及したきっかけや、プリントTシャツの起源について知らない人も意外と多いのではないでしょうか。

このコラムでは、Tシャツが世界的に普及した歴史について、解説しています。プリントTシャツの起源から現在に至るまでの時代の流れを知り、どのような想いが込められてプリントTシャツが生まれたのかを知ることで、1枚1枚のTシャツにより一層愛着が湧いてくるでしょう。

1.Tシャツが普及した歴史

早速、Tシャツが普及した歴史を紐解いていきます。

年代にわけながら、順に解説していきます。

Tシャツの起源は、19世紀初頭のヨーロッパと言われています。Tシャツ発祥の地といえばアメリカを思い浮かべる方も多いと思いますが、イギリスやドイツといったヨーロッパという説が有力です。

起源となったのは、主にヨーロッパ軍兵が着用していたアンダーウェア。

彼らは暑い夏にも適応できるような、軽くて速乾性の高く着脱もしやすい綿で作られた肌着を着用していました。

当時のヨーロッパで生まれたとされるTシャツは、現在のように1枚で着こなすファッションとしてでなく、トップスのなかに着用する肌着(アンダーウェア)として定着していたというわけです。

ヨーロッパが起源といわれているTシャツですが、一般の層まで普及していったきっかけは「アメリカ軍がTシャツを肌着として正式に採用したこと」といわれています。

第一次世界大戦の際、アメリカ軍兵士はウール素材の肌着を制服として着用していましたが、分厚い生地で重さもあったため、真夏に着る肌着としては不便なものでした。

一方ヨーロッパ軍兵士は、綿素材の制服が採用され、真夏でも快適に過ごせる肌着を着用。そして、ヨーロッパ軍兵士の制服を目の当たりにしたアメリカ軍兵士は、綿素材の肌着を自国へ持ち帰り、似たような綿素材の肌着を開発します。アメリカ軍はその後、軍兵士の制服へ綿素材の肌着を採用したという流れです。

ヨーロッパ軍兵士の肌着をもとに作られたアメリカ軍兵士の肌着は、現在のTシャツのもととなったと考えられており、これがきっかけでTシャツが一般的に広く普及し始めます。

第一次世界大戦が起きた当時、Tシャツの役割は、トップスのなかに着用する肌着でした。そのため、現在では当たり前のように一枚で着られているTシャツも、当時はトップスとして着ることは恥ずかしいことと考えられていました。

インナーとして定着していたTシャツが、トップスとしても受け入れられたのが、第二次世界大戦後です。1番のきっかけは、大戦から帰還したアメリカ軍海兵が、普段からTシャツをトップスとして着ていたことと考えられています。

水に濡れやすい海軍兵は、濡れたとしても動きやすく、速乾性の高いTシャツをとても重宝していたのです。

当時のアメリカ軍海兵は、世界中で戦いを繰り広げ、アメリカを戦勝国に導いた立役者として、市民からは憧れの的でした。そんなヒーローが街でトップスとしてTシャツを着こなしている姿を見た民衆からは、徐々に「Tシャツは恥ずかしい」という感情が薄れるきっかけに。

Tシャツは、伸縮性はもちろん吸水性や肌触りに優れていたことから、一般にも定着しました。

2.プリントTシャツの普及と現在まで

では、現在は広く一般的なプリントTシャツはどのようにして広まったのでしょうか。

プリントTシャツの普及には、映画や音楽など、時代の文化が強く関係しています。

プリントTシャツの起源は、1930年代のアメリカの大学といわれています。

第二次世界大戦以降、アメリカ軍兵士の着用がきっかけで定着したTシャツは、動作性の良さから、労働者や教育機関でも作業着や運動着として人気が高まります。

アメリカの大学では、動作が快適なTシャツを体育で使用する運動着として採用し、生徒向けに貸し出すようになりました。そこで、貸し出したあとの返却がスムーズにおこなわれるよう、数字だったり校章などのロゴデザインだったりを生地へ直接プリントしました。

これが、プリントTシャツの起源といわれています。また、Tシャツがアメリカ国民に広く浸透していた1939年、映画の宣伝用にプリントTシャツが採用されました。イラストや文字がプリントされたTシャツは、メッセージを伝えられるアイテムとして、広告宣伝用に利用されたり、選挙運動にも活用されたりしていました。

プリントTシャツが広まるきっかけとなったのは、「映画」と「バンドTシャツ」です。

映画とは、James Deanが主演の『理由なき反抗』です。主演であるJames Deanが作中でしていたファッションが、白Tシャツとブルーのデニム。当時の若者は、こぞってJames Deanのファッションを真似しました。

そして、プリントTシャツが急速に広まるきっかけとなったバンドとは、60年代の「ヒッピー文化」代表格とされる、アメリカの「グレイトフルデッド」です。

幅広い音楽性が魅力のグレイトフルデッドには、“デッドヘッズ”と呼ばれる熱狂的なファンたちがいて、彼らのなかにはバンドの全米ツアーに帯同して生活する人もいました。デッドヘッズのなかには、バンド名やバンドの象徴であるドクロと薔薇が書かれたロゴなどがプリントされた、タイダイTシャツを販売している人も。

当時のグレイトフルデッド以外にも、結束を強める目的で、いろいろなバンドがそのバンドオリジナルのTシャツをメンバー全員で着用したことで、Tシャツが世界的に普及していくきっかけとなりました。

理由なき反抗とグレイトフルデッドなどの熱狂的なファンを中心に起こったヒッピー・ムーブメントにより、プリントTシャツは瞬く間に普及を広めました。日本では、1970年代頃からプリントTシャツが普及し、その後は加工技術の発達によって、素材や印刷方法などにこだわりをもったTシャツが次々と登場しています。

関連コラム:日本へのTシャツの普及について

プリントTシャツが普及していった歴史を紐解いていくと、Tシャツが時代によって役割をかえ、私たちの日常生活に定着してきたことがわかりますよね。プリントTシャツは、衣服のなかでも一番シンプルなアイテムといえます。

このコラムで紹介したような歴史背景やいろいろなTシャツにこめられた想いを知ることで、これまで以上に魅力を感じられ、さらにTシャツを好きになっていただけたら幸いです。プリズマでは、オリジナルプリントTシャツの制作を承っています。お気軽にお問い合わせください。